事業者・税理士事務所泣かせの 「定 額 減 税」
減税対象者の判定が面倒
岸田内閣は、2024年度税制改正で一人当たり4万円(所得税3万円、個人住民税1万円)の定額減税、非課税世帯への7万円の給付金などの「還元」を決めた。定額減税の規模は所得税2兆3020億円、個人住民税は9337億円、合計3兆2357億円である。 令和6年分の所得税と令和6年度分の個人住民税(所得割額のみ)を対象に減税を実施する。令和6年分の所得税額を所得減税額が上回る場合には給付金で対応する仕組みである。対象者は居住者であり、かつ合計所得金額が1,805万円以下(給与収入2000万円以下)の個人である。所得税の減税額は本人3万円、同一生計配偶者3万円、扶養親族一人につき3万円である。 この対象者の範囲の判定が面倒である。対象者は令和6年6月1日現在給与の支払者のもとで勤務している人(基準日在職者)で、甲欄適用者である。乙欄適用者は対象外である。6月1日現在の確認の時点においては、合計所得金額(見積額)は勘案しないので、給与が2000万円を超える基準日在職者に対しても月次減税事務は行う。国内の物価対策なので居住者のみである。非居住者は該当しない。配偶者は同一生計配偶者である。本人と生計を一にしてかつ合計所得金額が48万円(給与収入103万円)以下である。所得金額の見積額48万円を超える源泉控除対象配偶者は減税額の計算の数には含めない。一方、本人の合計所得金額が900万円を超えると見込まれる場合、源泉控除対象配偶者として扶養控除申告書に記載しないが、「源泉徴収に係る申告書」を提出して月次減税額の計算の人数には含める。 扶養親族は、所得税法上の控除対象扶養親族だけでなく、16歳未満の扶養親族も該当する。扶養控除申告書に記載がない場合は再提出するか「源泉徴収に係る申告書」を提出し月次減税額の計算の数に含める。
減税方法も輪を掛けて面倒
所得税は、給与支払者が給与を支払う際に、源泉徴収税額から定額減税を控除することで減税を実施する。給与支払者は2つの事務を行うことになる。一つは令和6年6月1日以降に支払う給与、賞与などに対する源泉徴収税額から定額減税を控除する。1回の給与で減税額3万円を控除できる高額の給与所得者は一握り。6月に全額控除できなければ、7月以降の源泉徴収税額から順次控除する。二つは年末調整の際に精算を行う事務となる。令和6月6月分個人住民税は特別徴収されない。令和6年7月から令和7年5月までの11ケ月で減税額を控除した額で地方自治体から特別徴収を通知される。 給与支払者は、「源泉徴収に係る申告書」や「年末調整に係る申告書」を配布・回収する作業や「各人別控除事績簿」の作成などの事務に忙殺される。中小零細事業者の減税事務については、税理士事務所が代行することも十分予想される。 なお、個人事業者の場合、予定納税額から本人分に係る定額減税額を控除する。扶養等の控除を合わせて行う場合は、予定納税減額申請書の提出が必要となる。原則として確定申告時に減税を実施する。
物価高対策としての定額減税は 明らかに失敗だ!
▲何のための減税なのか分からない。2023年11月2日閣議決定の「総合経済対策」では、第1の柱として「物価高から国民生活を守る」として、@国民の負担を緩和するため、デフレ脱却のための一時的な措置として、国民の可処分所得を直接的に下支えする。A過去2年間で所得税・個人住民税の税収が3.5兆円増加する中で、国民負担率の高止まりが続いたことも踏まえ、税収増を国民に分かりやすく「税」の形で直接還元すると掲げている。
▲第一に物価高対策を目的とするならば、即効性が最優先されるべきである。しかし、実施は2024年6月以降の源泉徴収・特別徴収等で実施されることになっている。減税という単純なスキームだが、対象者の範囲や減税方法がとても複雑になっており、事務処理に時間がかかる。さらに減税の効果が家計に反映される時期も明確ではない。
▲食料品など生活必需品の値上げが続き、実質賃金は10月まで前年同月比で19カ月連続してマイナス。賃上げが物価高に追いついていない状況なのに、減税効果がより早く行き渡る手法について議論した形跡がない。
▲所得税の減税や給付金は一部が貯蓄に回ることから、消費税率引き下げによる減税のほうが物価高による家計負担を直接軽減し、経済合理性が高い。税収増の「還元」というなら税収が一番になった消費税減税を行うのが筋。食料品にゼロ税率を適用した場合に失われる税収は4兆円程度と見込まれが、食料品は万人に消費され生活水準の低い世帯ほど支出に占める割合が大きい傾向にある。英国のようにゼロ税率を採用すれば食料品などの値上げを抑制するのに効果的。消費税減税が一番有効である(参照*永濱利廣「所得減税と消費減税の効果の違い」)。
▲「増税メガネ」と巷でいわれるので、首相の人気取りを目的とした政策なのか?もし人気取りが目的ならば、新型コロナ禍で行った直接的な現金給付のほうが効果的と思う。源泉徴収で天引きされるサラリーマンにしてみれば減税の実感は少ないのではないか。何よりも物価高対策というならば「タックスインデクセーション/自動物価調整税制」の導入を行う必要がある。生活者向けの究極のインフレ税退治策となる【参照*TCフォーラム研究報告2022年4月(9月改訂(2訂))】。
(八代 司) |